♪piacere-musica♪

アクセスカウンタ

zoom RSS 恩師とのお別れ・・・

<<   作成日時 : 2007/03/21 00:24   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

3月17日 スイスの宮廷歌手、Ernst Haefliger・テノール歌手が亡くなられました。
享年87歳。

この想い出を読んで下さる方々へ、もしヘフリガーの歌を聞いてみたいと思ってくださるのでしたら、ヘフリガーの魅力はシューベルト、中でも「美しい水車小屋の娘」「冬の旅」です。そしてバッハ「マタイ受難曲」&「ヨハネ受難曲」のエヴァンゲリスト。
フリッツ・ヴンダーリッヒも素晴らしいのですが、ヘフリガーの「冬の旅」などは、失意の主人公の不器用ながらもまっすぐな心の叫びが聞こえてきます。。。

 1990年の夏、ドイツリートを専門に勉強していた私は、詩に溢れているドイツの土、風、光・・・を肌で感じたくて留学しました。
事前のコンタクトも取らず、大学時代の先生がドイツ留学時に師事されていたヘフリガー氏に習えば間違いないだろう・・・っと、いきなりヘフリガー先生のマスタークラスの門を叩いたのでした。
チューリッヒ湖畔にある、ヴェーゼンドンク婦人(作曲家ワーグナーと恋愛関係にあった)の別荘「バラの館」で毎年夏マスタークラスは行われ、休憩には1階の踊り場にきちんとシックなコーヒーカップ&ソーサーとお菓子が用意され、ひさしの隙間からこぼれる強い光と風、窓から見える水面をきらきらと輝かせているチューリッヒ湖。広い庭、バラの花壇・・・。
そして、次から次へと生徒が前に出て歌い、レッスンを受ける・・・モーツアルトのアリア、タミーノやオクタヴィアン、歌曲、バッハのマタイ、ヨハネのエヴァンゲリスト・・・
ヘフリガー先生は出来るまで容赦なく、風邪ひいて喉が痛いから高音が出ないんだっと半泣きのベルリンから来たソプラノにも歌えといい、声を直し、「ほら、出たじゃないか、風邪のせいじゃない。」っと・・・。
先生と同じ声種のテノールには一番厳しかった・・。
大学を終えテクニック以外のものにもやっと目がいくようになった私には、何から何まで新鮮で、純粋に西洋音楽の真髄に触れることのできた、新たなスタート地点でした。
・・・そしてミュンヘン。ペントハウスのお宅近くの公園で緊張をほぐしてからレッスンに臨み、一喜一憂のあの時代・・・。

あれから十数年・・・。先生のコンサートにも助演させていただいたり、レッスン場からコンサートホールまで鞄持ちしたり。。。
お腹の太い先生には本当は厳禁なのにトリフが大好きで、プレゼントされるチョコを嬉しそうに食べたり、おでんが大好きで、「ODENに連れて行け」っと。新宿のお多幸にも行きました。
日本から帰国される時はいつもお孫さんに買うのだとミキハウスまでお供し・・・。

晩年、草津国際音楽フェスティバルでの先生の歌声は全盛期ほどではなかったけれど、一人の歌手の生き様を私達生徒に知らしめてくれました。
ディスカウのようにきっぱり引退するのも一つの生き方、ヘフリガーのようにブレスが続かなくなっても人になんと言われようが歌うことに挑戦し続けるのも一つの生き方。

この未熟者の私が先生の年に到るまでには、今はまだ想像出来ないほどの道のりが続いているのでしょうけれど、先生のあの情熱と、誠実さをいつも鏡に歌い続けていきたいと思います。
    
  悲しいけれど・・・  ≪先生!!! Alles Gute!!≫

シューベルト:歌曲集「美しい水車小屋の娘」シューベルト:歌曲集「冬の旅」全曲バッハ:マタイ受難曲
シューベルト:歌曲集「美しい水車小屋の娘」

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
恩師とのお別れ・・・ ♪piacere-musica♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる